タイトル:『俺の相棒(ヒロイン)は、世界で一番気が合う「最高の親友」らしい』
春。新しい制服、見慣れない教室、そしてぎこちない空気。高校一年生という新しいゲームのチュートリアル期間において、最も重要なミッションは「いかに早く気の合う友人を見つけるか」である。俺、高坂結人(こうさかゆいと)は、この難易度の高いミッションを前に、早くもゲームオーバーの危機を感じていた。
周りはすでに同じ中学校出身者同士で固まり、見えないバリアを張っている。完全アウェーの状況下で、俺はただ自分の席に座り、窓の外を舞い散る桜を無心で眺めるしかなかった。
「……ふわぁ。ねっむ」
そんな俺の隣の席で、豪快な欠伸の音を立てている女子がいた。星野夏海(ほしのなつみ)。肩まで切り揃えられた栗色の髪に、少し幼さを残す顔立ち。黙っていれば「清楚で活発な美少女」というステータスを与えられてもおかしくない外見だが、彼女は入学式の翌日から机に突っ伏して爆睡をかましていた。
ホームルームが始まるというのに、まったく起きる気配がない。
「おい、隣。先生来るぞ」
俺が小声で声をかけると、彼女は「むにゃ……」と寝言を漏らしながら顔を上げた。
「……あと五分……セーブポイントまで……あそこの毒沼、マジで許さん……」
「は? お前、寝言でゲームの愚痴言ってんのか?」
「……ん? あれ、私、寝てた?」
寝ぼけ眼をこすりながら、夏海はぼんやりと俺を見た。俺は呆れながらため息をつく。
「がっつり寝てたぞ。それより、今『毒沼』って言わなかったか? しかもセーブポイント前の」
「えっ? あ、うん。昨日徹夜で『デッドリー・ダンジョン』やっててさ。あそこの配置、絶対に開発者の性格歪んでるよね」
その瞬間、俺の脳内に電流が走った。
『デッドリー・ダンジョン』。それは知る人ぞ知る、超絶難易度を誇るマイナーな死にゲーアクションRPGである。理不尽な罠、初見殺しの敵、そして何よりプレイヤーの心をへし折る「セーブポイント直前の毒沼+落とし穴」のコンボ。俺も昨日の夜、そこで三回連続ゲームオーバーになり、コントローラーを壁に投げつけそうになったばかりだった。
「お前……まさか、あの地下三階のエリアか!?」
俺が身を乗り出して尋ねると、夏海の目がパッと見開かれた。
「えっ、嘘!? 君もやってんの!? あのクソゲーを!?」
「クソゲー言うな! 神ゲーだろ! ただ、あの毒沼の先に配置された弓兵だけは絶対に許せねえ!」
「わかるー!! あいつ、絶妙なタイミングで矢を撃ってくるんだよね! 避けたと思ったら落とし穴にドボンだよ! マジで悪魔の所業!」
俺たちは完全に周りの目を忘れ、熱く語り合い始めた。攻略法から武器の強化ルート、さらには開発陣に対する愛のある文句まで、話題は尽きない。初対面だというのに、まるで何年も前から一緒にゲームをしてきたような感覚だった。
「君、めっちゃわかってるじゃん! 私、星野夏海! 君は?」
「俺は高坂結人。よろしくな、星野」
「星野なんて他人行儀な呼び方は禁止! 夏海でいいよ。今日から私たちは戦友(とも)だ!」
「展開早すぎないか? まあいいや、よろしくな、相棒」
俺が右手を差し出すと、夏海は満面の笑みでその手を力強く握り返してきた。
性別なんて関係ない。ここにあるのは、同じ理不尽なゲームを愛する者同士の、魂の共鳴だ。
こうして、俺たちの「最高の友情」は、高校生活のチュートリアル期間をすっ飛ばして最速で幕を開けたのだった。
高校二年の秋。俺と夏海の「最高の友情」は、もはやクラス公認の事実として定着していた。
放課後のファミレス。俺たちはいつものように向かい合って座り、ドリンクバーと山盛りのフライドポテトをテーブルに広げていた。
「それでさー、昨日の深夜アニメ見た? あの主人公、絶対に選択肢間違えてるよね!」
夏海がストローを噛みながら、熱弁を振るう。
「あー、見た見た。ヒロインが泣いてるのに『俺は剣の道を行く』とか言い出したやつだろ。あそこは抱きしめる一択なのに、あいつの脳内CPUはどうなってんだよ」
「それな! 結人、あんたわかってるじゃん。あんなのフラグへし折り機だよ。私があのヒロインだったら、背後からドロップキックかましてるね」
「お前のドロップキックは物理ダメージでかそうだからやめてやれ」
俺がツッコミを入れると、夏海は「失礼な!」と笑いながら、俺の皿から勝手にフライドポテトを一本つまみ、パクリと食べた。
「おい、俺のポテト勝手に食うな」
「減るもんじゃないし、いいじゃん」
「ポテトは物理的に減ってんだよ! 質量保存の法則を無視するな!」
「ちぇっ、ケチくさい男はモテないぞ、結人」
「お前みたいな図々しい女もモテないから安心しろ」
「なぬっ、私はこの通り清楚で可憐な美少女だろうが! クラスの男子の視線を釘付けにしてる自覚あるし!」
「鏡見てから言え。口の周りにケチャップついてるぞ、清楚(笑)」
俺が指をさして笑うと、夏海は慌てて口元を触った。
「あ、ほんとだ。結人、ティッシュで拭いて」
「自分で拭けよ……ほら、じっとしろ」
俺はテーブルの紙ナプキンを取り、夏海の口元についたケチャップを雑に拭き取った。
「ん、サンキュ。結人は私の便利で気の利く下僕だね」
「誰が下僕だ。せめてパーティのヒーラー枠に入れろ」
「いや、結人はタンク(盾役)でしょ。ヘイト集めるの得意そうだし」
「誰が嫌われ者だ!」
そんな漫才のようなやり取りをしていると、偶然ファミレスに入ってきたクラスメイトの佐藤と目があった。佐藤は俺たちのテーブルにやってくると、深い深いため息をついた。
「お前ら、相変わらず夫婦漫才やってんなー。周りの客の目、全然気にしてないだろ」
「ん? 佐藤じゃん。夫婦漫才ってなんだよ、人聞きの悪い」
「そうだよ佐藤くん! 私と結人はそんなチャラチャラした関係じゃないから!」
夏海がポテトを片手に力説する。
「いや、どう見ても付き合ってるカップルの距離感だろ。ポテト勝手に食うわ、口元拭いてやるわ……お前ら、もう付き合っちゃえば?」
俺と夏海は顔を見合わせ、同時に鼻で笑った。
「「ないないない!」」
息の合ったハモリに、佐藤がビクッと肩を揺らす。
「私と結人だよ? 男女の壁をぶち壊した、魂のブラザーだぞ? 恋愛感情なんてミリも湧かないって!」
「そうそう。こいつは俺の右腕っていうか、最高の親友だからな。俺がこいつを女として見るなんて、バグが発生しない限りあり得ない」
俺が断言すると、夏海も「うんうん」と大きく頷いた。
佐藤は呆れ果てた顔で頭を掻く。
「……お前ら、絶対にそのうち痛い目見るからな。特に高坂、お前は後で泣きを見るぞ」
「なんだよそれ。呪いか?」
「忠告だよ。じゃあな、バカップル」
佐藤はヒラヒラと手を振って去っていった。
「なんだあいつ。バカップルって……失礼しちゃうね」
「全くだ。俺たちの高尚な友情を理解できないとは、哀れな奴め」
俺たちは再びポテトをつまみながら、ゲームの話題へと戻っていった。
周りからどう見られようと関係ない。俺と夏海は、最高に気が合う「親友」なのだから。
冬休みに突入してすぐの週末。外は凍えるような寒さで、空からは白い雪がちらつき始めていた。
俺が自室でぬくぬくと毛布に包まりながらゲームをしていると、突然スマホが震えた。画面を見ると、夏海からの着信だった。
「もしもし、どうした?」
『ゆ、結人ぉ……助けてぇ……』
電話の向こうから、震えるような情けない声が聞こえてきた。
「は? なんだよ、またゲームで詰んだのか? あのボスの第二形態なら、氷属性の魔法が弱点だぞ」
『違うぅ……家の鍵なくした……。お父さんたち温泉旅行で明日まで帰ってこないし、寒くて死にそう……。マッチ売りの少女の気持ちが今ならリアルにわかる……』
「お前が売るのはマッチじゃなくて積みゲーの山だろ。つーか、どこにいるんだよ」
『結人の家の前の電柱の陰……』
俺は慌てて窓を開け、下を見下ろした。そこには、コートの襟を立ててガタガタと震えている不審者――もとい、夏海の姿があった。
「……お前、アホか。すぐ開けるから入ってこい!」
俺が玄関の鍵を開けると、夏海は雪だるまのように転がり込んできた。
「神! 結人は神! 命の恩人! 一生ついていく!」
「大げさだな。ほら、ストーブの前に座れ。ココアでも淹れてやるよ」
「うぅ……結人の優しさが五臓六腑に染み渡る……」
こうして、ひょんなことから俺の部屋での「突発的ゲーム合宿」がスタートした。
親友とはいえ、年頃の女子を自室に入れることに抵抗がないわけではない。だが、相手は夏海だ。俺の中では「よく家に遊びに来る近所の悪ガキ」と同じカテゴリーに分類されている。
俺たちはベッドの下に座り込み、背中をベッドに預けながら、一つのモニターに向かってコントローラーを握った。
「あ、そこ右! 敵の増援来た!」
「わかってる! 俺の神エイムを見よ! ……うおっ、リロード忘れてた!」
「バカバカ! このポンコツエイム! 私がカバーするから下がって!」
「お前が前に出すぎるからだろ! 猪かよ!」
肩と肩が触れ合う距離で、大声を出しながら協力プレイを進める。夏海の体温が、服越しに微かに伝わってくる。普段なら気にも留めないはずのその熱が、なぜか今日は少しだけ意識に引っかかった。
気づけば時計の針は深夜二時を回っていた。
「……よっしゃあ! ボス撃破!」
「やったー! 私たちのコンビネーション最強!」
ハイタッチを交わし、俺たちは深く息を吐き出した。
「疲れたー……結人、私もう限界……」
夏海はコントローラーを投げ出すと、そのまま後ろに倒れ込み、俺のベッドにダイブした。
「おい、俺のベッド占領すんなよ。汗かいてるだろ」
「んー……ちょっとだけ、休憩……」
文句を言いながら振り返ると、夏海はすでに規則正しい寝息を立てていた。
「……マジで寝るの早すぎだろ」
俺は呆れながら立ち上がり、クローゼットから毛布を取り出して夏海にかけた。
ストーブの微かな明かりに照らされた夏海の寝顔は、普段の騒がしさが嘘のように静かで、無防備だった。
長いまつ毛、少しだけ開いた桜色の唇、無造作にベッドに散らばった栗色の髪。
「……こうして黙ってれば、一応、可愛いんだよな」
無意識にそんな言葉が口からこぼれた瞬間、ドクンと心臓が大きな音を立てた。
「っ……!」
俺は慌てて自分の口を覆い、首を横に振った。
何を考えてんだ、俺。こいつは夏海だ。一緒に毒沼に悪態をつき、ファミレスでポテトを奪い合う、最高の親友だぞ。
「……寝よ」
俺は自分に言い聞かせるように呟き、床に予備の布団を敷いて、夏海に背を向けるようにして横になった。
だが、その夜はなかなか寝付くことができなかった。
春が訪れ、俺たちは三年生になった。クラス替えでも奇跡的(あるいは悪魔的)に同じクラスになり、相変わらず隣の席をキープしていた。
そんなある日の昼休み。屋上で一緒にお弁当を食べている時、夏海が唐突に爆弾を投下した。
「そういえばさ、昨日告白されたんだよね」
「……ブッ!」
俺は飲んでいたお茶を盛大に吹き出しそうになり、むせ返った。
「ゲホッ、ゴホッ……は!? お前が!? 誰に!?」
「そんなに驚くことないじゃん! 失礼な奴だな! 隣のクラスの鈴木くんって人。サッカー部のエースで、なんか女子に人気あるらしいよ」
鈴木。知っている。爽やかな笑顔と抜群の運動神経で、校内でもトップクラスのイケメンだ。
俺の心臓が、今まで経験したことのない嫌な音を立てた。まるでゲームで重要なアイテムをロストした時のような、胃の奥が冷たくなる感覚。
「……で、お前はどう答えたんだよ」
俺は努めて平静を装い、卵焼きを箸でつつきながら尋ねた。
「断ったに決まってるじゃん!」
その言葉に、俺の肩からスッと力が抜けた。ホッとした自分がいることに驚く。
「なんだ、断ったのか。まあ、お前にはあんな爽やかイケメンはもったいないからな。で、理由は?」
「聞いてよ! あいつ、私が休日は何してるのって聞くから『ゲームと漫画とアニメ』って正直に答えたの。そしたらさ、『へえ、インドアなんだね。俺はアウトドア派だから、今度外に連れ出してあげるよ。太陽の光を浴びようよ』とか言ったんだよ!?」
「……おう」
「私の尊いインドアライフを否定するとか、あり得なくない!? 太陽の光なんて画面の反射で見えにくくなるだけじゃん! 価値観が絶望的に合わない!」
夏海は唐揚げを親の仇のように噛み砕きながら憤慨している。
「……お前、断る理由そこかよ。普通、もっとこう『好きな人がいるから』とかあるだろ」
「好きな人? いないし。私にはゲームと二次元の推しがいれば十分だもん。あ、あと結人という便利な相棒もいるしね!」
夏海は無邪気に笑いながら、俺の肩をバンバンと叩いた。
いつもなら「誰が便利だ」とツッコミを入れるところだが、今日ばかりはどうにも言葉が出てこない。
他の男が、夏海を「女」として見ている。
その事実が、俺の胸の奥をチリチリと焦がしていた。
もし、夏海が鈴木の告白をOKしていたらどうなっていた?
休日は鈴木とデートに行き、放課後も一緒に帰る。俺とファミレスでポテトを奪い合いながらゲームの愚痴を言い合う時間は、確実になくなる。
「……なんか、腹立つな」
俺はポツリと呟いた。
「えっ、結人も鈴木くんのこと嫌い? わかるー、あの爽やかさ、胡散臭いよね! 絶対に裏で闇魔法とか使ってるタイプだよ!」
「いや、そうじゃなくて……」
俺は夏海にとっての「最高の親友」だ。そのポジションに不満はないはずだった。
だが、誰かに夏海を取られるかもしれないという想像をしただけで、得体の知れない独占欲が湧き上がってくる。
これは親友としての感情なのか? それとも……。
俺の心の中に、今まで無視し続けてきた「バグ」のような感情が、確実に広がり始めていた。
鈴木の告白事件以来、俺はどうにも夏海に対して不自然な態度をとるようになってしまった。
夏海が話しかけてきても、どこか上の空。目を合わせるのも避けがちになり、放課後誘われても適当な理由をつけて断ることが増えた。
「結人、今日の放課後、駅前のゲーセン行こうぜ! 新しい格ゲー入ったらしいよ!」
「あー……わり、今日はちょっと用事があってパス」
「えっ、珍しい。じゃあ明日は?」
「明日も、ちょっと委員会が……」
「……ふーん、そっか。わかった」
夏海の顔からスッと笑顔が消え、静かに自分の席に戻っていく。その背中を見るたびに胸が痛んだが、今の俺は、夏海とどう接すればいいのか分からなくなっていた。
夏海を「女」として意識してしまっている自分。
親友という心地よい関係を壊したくないという臆病な自分。
二つの感情が板挟みになり、俺は完全にフリーズしていた。
数日後の昼休み。俺が一人で屋上のベンチに座ってパンをかじっていると、バンッ! と勢いよく扉が開いた。
そこに立っていたのは、肩で息をする夏海だった。
「結人っ!」
「な、夏海? どうしたんだよ、そんな怖い顔して」
夏海はズカズカと俺の前に歩み寄り、俺の胸ぐらを掴む勢いで顔を近づけてきた。
「あんた、最近どうしたのさ!」
「……別に、どうもしてないけど」
俺が目を逸らすと、夏海はさらに一歩踏み込んできた。
「嘘つけ! 私と全然目も合わせないじゃん! 放課後も逃げるように帰るし! 私、なんか結人を怒らせるようなことした!?」
「してないって。ただ、ちょっと忙しいだけで……」
「嘘だ!!」
夏海の大声に、俺はビクッと肩を揺らした。
見ると、夏海の大きな目には、いっぱいの涙が溜まっていた。
「私……結人と一緒にバカやってる時が、一番楽しいのに……。結人がいないと、ゲームもアニメも、全然つまんないんだよ……!」
ポロポロと涙をこぼしながら、夏海はしゃくり上げた。
「私にとって、結人は特別なんだからね! なのに、急に離れていかないでよ……っ!」
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中を覆っていたモヤモヤが一気に吹き飛んだ。
夏海が言う「特別」は、間違いなく「最高の親友」としての意味だろう。
だが、俺はもう、その言葉では満足できなくなっていた。
親友だから失いたくないんじゃない。俺は、星野夏海という一人の女の子が、どうしようもなく好きなんだ。
この関係が壊れることを恐れて逃げ回るのは、もうやめだ。
俺は小さく息を吐き、夏海の頭にポンと手を乗せた。
「……ごめん。怒ってるわけじゃないんだ。ただ、ちょっと自分自身の感情に戸惑ってただけで」
「戸惑うって、何に?」
涙目で上目遣いに見つめてくる夏海。
「それは……今はまだ言えない。でも、もう逃げない。お前を避けるようなことは絶対にしないって約束する」
「……本当? 絶対だからね! もし破ったら、結人の『デッドリー・ダンジョン』のセーブデータ、全部初期化するからね!」
「お前、それは人の命を奪うのと同じくらい重い罪だぞ」
「だから重い約束なんだよ!」
夏海は涙を腕で乱暴に拭いながら、ようやくいつもの笑顔を見せた。
その笑顔を見て、俺は腹を括った。
親友というセーブデータを上書きする覚悟が決まった瞬間だった。
夏休み直前の週末。俺たちは地元の神社で開催されている夏祭りに来ていた。
「結人、早く早く! 綿あめ買って! そのあと、りんご飴も!」
浴衣姿で小走りに前を行く夏海は、相変わらず食い気全開だった。
「お前は本当に色気より食い気だな。少しは『この浴衣、似合ってるかな?』とか聞く可愛げはないのか」
俺がため息混じりに言うと、夏海はくるりと振り返り、ビシッとポーズを決めた。
「えー? 聞くまでもないじゃん。私、今日超絶可愛いし! 結人、見惚れてもいいんだよ?」
「自分で言うな。……まあ、悪くないけどな」
俺がポツリと本音を漏らすと、夏海は予想外の反応に目を丸くし、少しだけ頬を赤く染めた。
「えっ……ほんと? 結人に褒められると、なんか調子狂うな……」
ヒューーー……ドカン!
その時、夜空に大きな花火が打ち上がった。色鮮やかな光が、夏海の横顔を照らし出す。
周りの客たちが一斉に空を見上げる中、俺は夏海の腕をそっと掴んだ。
「結人? どうしたの?」
「……ちょっと、こっち来い」
俺は夏海を引っ張り、喧騒から離れた神社の裏手へと向かった。
木々に囲まれた静かな場所。遠くで祭りの囃子と、花火の音が響いている。
俺は夏海と正面から向き合った。心臓が早鐘のように鳴っているが、不思議と迷いはなかった。
「夏海」
「なに? 花火、ここからだと木が邪魔で見えにくいよ?」
「お前、俺のこと『最高の親友』って言ってるよな」
「うん、そうだよ。ソウルブラザーで、最高の相棒!」
夏海は迷いなく即答した。
俺は深く深呼吸をし、まっすぐに夏海の目を見つめた。
「……ごめん。俺はもう、お前を親友だと思えなくなった」
その言葉に、夏海の顔からスッと血の気が引くのがわかった。
「……え? 私、絶交されるの? やだ、私なんかした!? 勝手にポテト食べたこと!? それとも、結人のゲーム勝手に進めたこと!?」
パニックになってまくし立てる夏海の両肩を、俺はしっかりと掴んだ。
「バカ、違う。落ち着け。……俺は、お前を女として好きになったんだよ」
ピタリと、夏海の動きが止まった。
「……えっ?」
「男友達としてじゃなく、一人の男として、星野夏海が好きだ。俺と、付き合ってくれ」
ボケもツッコミもない、ストレートな言葉。
夏海は目を丸くしたまま、完全にフリーズしてしまった。顔がみるみるうちに茹でダコのように赤くなっていく。
「わ、わたしを……お、女として……?」
「ああ。ポテト勝手に食うし、寝相悪いし、ガサツだけど……一緒にいる時が一番楽しいし、誰にも渡したくないって思った」
ドカン、と一際大きな花火が夜空を彩る。
夏海はうつむき、ギュッと浴衣の裾を握りしめた。
そして、消え入りそうな小さな声で呟いた。
「……ずるい」
「え?」
「私だって……最近、結人のこと、ただの親友だなんて思えなくなってたのに……。結人にとられちゃった……」
夏海はゆっくりと顔を上げ、涙ぐんだ目で俺を見つめた。
「私も、好き……。親友じゃなくて、結人の彼女になりたい……」
その言葉を聞いた瞬間、俺はたまらず夏海を強く抱きしめた。
「わっ……ちょ、結人……苦しい……」
「わり。でも、離さねえ」
「……うん。離さないで」
夏海の小さな手が、俺の背中にそっと回される。
最高の親友から、最高の恋人へ。俺たちの関係が、新たなステージへとアップデートされた瞬間だった。
夏休みが明け、新学期が始まった。
俺と夏海が恋人同士になったという事実は、あっという間にクラス中に広まった。
だが、俺たちの日常が劇的に変わったかといえば、そうでもなかった。
「結人! 今日の昼休みの購買、パン争奪戦だぞ! お前がタンク役な! 私は後方から支援する!」
「了解した! 俺が前衛でヘイトを集めている間に、お前は限定の焼きそばパンを死守しろ! 失敗は許されないぞ!」
「任せろ相棒! ……じゃなかった、彼氏!」
教室の入り口で、いつものようにバカな作戦会議を繰り広げる。
それを見ていた佐藤が、呆れた顔で通り過ぎていった。
「お前ら、付き合い始めたって聞いたけど、全然変わんないな。ていうか、本当に付き合ってんのか? 相変わらず夫婦漫才やってるだけに見えるぞ」
俺と夏海は顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
「「最高の親友で、最高の恋人だからな!」」
息ピッタリのハモリに、佐藤は「はいはい、ごちそうさま。勝手にやってろ」と手を振って去っていった。
周りから見れば、俺たちは今まで通りの「気の合う男女」にしか見えないかもしれない。
だが、確実に見えない部分で変化は起きていた。
放課後の帰り道。
夕暮れ時の赤く染まった道を、二人で並んで歩く。
夏海がチラチラとこちらを見上げ、何か言いたげに口を尖らせていた。
「どうした?」
俺が尋ねると、夏海は少しだけ頬を赤くして、小さな声で言った。
「……手、繋ぐ?」
「……おう」
俺が右手を差し出すと、夏海は嬉しそうにその手を握り返してきた。
夏海の手は、ゲームのコントローラーを握っている時は力強いのに、こうして繋ぐと小さくて、とても柔らかかった。
「なんか、こうして手繋いで帰るの、まだ照れるね」
「ああ……でも、悪くない」
「うん。……ねえ結人、家に帰ったら早速昨日のゲームの続きやろうよ! 私、あのボスの攻略法、新しいコンボ見つけたんだ!」
「おっ、マジか。絶対負けねえからな。俺の神エイムでボコボコにしてやる」
「言うねぇ! 返り討ちにしてあげる!」
繋いだ手を前後に振りながら、俺たちは笑い合う。
タイトル画面が「親友」から「恋人」に変わっても、俺たちのプレイスタイルは変わらない。
ツッコミとボケの応酬。くだらないことで本気で笑い合える、最高に気が合う関係。
そこに少しだけの甘さと、お互いを想い合う特別感が加わっただけだ。
「これからもよろしくな、俺の最高の彼女」
「うん! こちらこそよろしく、私の最高の彼氏!」
夕日を背に受けて笑う夏海の笑顔は、世界で一番可愛かった。
俺の相棒は、世界で一番気が合う親友であり、俺の人生というゲームにおいて、絶対に手放せない最高のヒロインだ。